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なぜ、今アジャイルなのか? ~社員の価値向上、本当に役立つサービス開発へ~

2016/03/28

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KDDI 藤井です。国内におけるアジャイル開発の取組みはここ数年で広く認知されるようになりました。しかし、広く普及したがゆえに、アジャイル開発における目的や価値観が多様化しています。本日は、KDDIがアジャイル開発を始める上でアドバイザーとしてもご協力いただいたアジャイル開発手法における国内の第一人者、株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長 平鍋健児氏(以下、平鍋氏)との対談記事を掲載します。

日本企業とアジャイル開発

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平鍋氏:アジャイルは2001年にアジャイル開発手法を支持する17名のメンバーによって公開された「Manifesto for Agile Software Development」をきっかけに生まれた言葉です。技術をはじめ、社会システムや会社のしくみ、取引き先との関係など様々な要素を含んだエンジニアリングのため、日本ではなかなか導入が進みませんでした。しかし、この3、4年くらいで普及し始めたといった印象ですね。

藤井:私がアジャイル開発に興味を持ち始めた当時、外資系企業に勤めていました。シリコンバレーの開発スピードやエンジニアの自由度がベースにあったため、アジャイル開発が当たり前だと思っていたんです。しかし、KDDIに転職してみると、そのやり方が全く実践できない環境に驚きました。多くの日本企業のソフトウェア開発は確実に遅れを取っていると感じましたね。

平鍋氏:これまでの日本のソフトウェア開発は、「ユーザ要望を調査⇒要求仕様を作成して発注⇒納品」という一方通行の流れを長い時間をかけて行っていました。その間にユーザの要望は変化し、作られた製品やサービスの中には、結果的に使われない物がたくさん生みだされてきたのが現状です。これを作ればよい、という正しい仕様書が作れるのであれば、それに沿って時間をかけて作るのが正解でしょう。しかし、多数の人の手に触れるソフトウェアには答えがなく、ユーザに使ってもらうことで正解に近づけていく必要があります。そのため、問題を定義してから解決しようと考えるのではなく、「問題らしきもの」と「解決策らしきもの」の間を行き来することで、本当に役に立つソフトウェアを開発することがアジャイル開発の目的です。

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藤井:ユーザ側の環境変化が激しいのに、ビジネス側が従前のように全てを定義してから始めるというのでは、開発が追いつかないことは明白ですよね。「正解がある」と考えること自体が間違っている。そのことに日本企業も気づきはじめたのだと思います。2000年頃はユーザとエンジニアが区別されていましたが、今ではユーザ側の知識やリテラシーの向上も見られ、関係に変化が見られます。

平鍋氏:すでにユーザとエンジニアを分けて考える時代ではなくなってきていますよね。できることならユーザにも参加してもらい、ワンチームで開発ができるのが理想ですね。

アジャイル開発と日本企業の競争力

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藤井:ビジネス上でもITシステムをインテグレーターに発注するという従来の流れに変化が起きています。例えば、社内の仕様書を探すよりも海外の先進事例をネット上で探す方が容易ですし、以前は該当分野のシステムを構築した経験があるインテグレーターに頼むというのが良策でしたが、今はとりあえず“ググる”という具合です。発注側と受注側のパワーバランスの変化を実感します。また、アジャイル開発の際、内製・外製のどちらにすべきかの議論がありますね。

平鍋氏:その答えは自社にとってソフトウェアがコア・コンピタンスであるかどうかによって決まると思います。ゴールドマン・サックス社はなんと、エンジニアが社員の約25%を占めていると公表していて、これは自社のコアがソフトウェア分野であるということを示しています。このように、ソフトウェアをコアに据えるのであれば、簡単にITを外注すべきではありません。

藤井:“製造業がIoT、金融がフィンテック”という本業とソフトウェアを融合する動きが加速している中、重要な部分の内製化に舵を切る企業も増えてくるでしょう。外注していい部分というのは少ないかもしれませんね。一方で、エンジニア育成といった課題も同時に見えてきます。

平鍋氏:転職率が低い日本では、一企業内できちんとしたキャリアパスを描けるということが重要なのかもしれませんね。

藤井:米国では、プロフェッショナリズムを持って横に転職していくマーケットがありますよね。西海岸のモデルが全て正というわけではありませんが、最近では、日本でのエンジニアに対する地位も向上してきているので、市場の流動性に任せた欧米式と内部での育成に重点をおいた日本式のハイブリッドが一つあるのかなと思っています。

アジャイル導入のきっかけとKDDIの取り組み

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平鍋氏:ビジネスの変化は外圧によって起こります。まずは外圧があって、それを受けて内部の考え方がどう変わるかという点に、アジャイルへの移行のきっかけがあると思います。

藤井:アジャイルは本来、発注者側が考えるべき問題ですね。IT企業とビジネス企業の関係では、ビジネス企業側が変わらないと開発全体がうまく回りません。発注者側としては、仕様書と納期を提示するだけの方が管理は楽なので、事業に責任をもってコミットしたがりません。ビジネス企業側がアジャイルを自分たちの問題と捉え、それを支えるIT企業や経営陣、発注者、受注者、ワーカーというヒエラルキーの構造を逆転させ、意識改革をしなければいけません。私の担当する部署ではウォーターフォール型のソフトウェア開発に限界が見えてきたことや市場やユーザニーズに応じて変化しないと、社員一人ひとりの市場価値が見込めないといったことから、アジャイル開発の導入を決めました。現場の社員から取り組みに対して前向きな声が上がったことも大きな要因だった思います。

平鍋氏:アジャイル開発の導入は、会社が方針を立てたから取り組むという体制ではうまく進みません。あくまでも現場主体で、それを経営層がサポートして文化作りをすることが重要です。アジャイル開発に動き出している事例は増えてきてはいますが、KDDIのように大企業が取り組んでいる事例はまだまだ珍しいですね。やはり、スタートアップやWebのB2Cサービスを提供している会社が導入することが多いようです。

藤井:KDDIでもまだ商品開発の一部での導入に止まっていますが、アジャイル開発に取り組んだことで、エンジニアたちが自信を持てるようになりました。結果としてKDDIアジャイルチームでは、自立して動ける人材が増えてきたことで、優れたUIなどが開発できるようになってきています。

平鍋氏:現場のエンジニアが生き生きとしてくるのがアジャイル開発のいいところです。開発過程で社員間の会話量が格段に増えることもアジャイル開発がもたらすメリットの一つです。

アジャイル導入のキーポイント

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平鍋氏:開発は環境を整えて人材を投入すればできますが、開発チームを会社がどう扱うかということが別の問題として起こります。また、給与、評価、外注管理、年次予算などといったアジャイル開発チームの外側にある課題も多い。一つの企業が一つのWebサービスを提供するというのであれば分かりやすいのですが、事業ポートフォリオが複雑な大企業では、下から上へと向かうアジャイル開発ならではの難しさがあります。アジャイル型の組織では、部長や課長など管理職者にかなりの能力が求められます。

藤井:私の場合は毎年テーマを決めていて、1年目はスクラム(アジャイル開発手法の一つ)を小さく始める、2年目は複数に展開するのと海外を含めたスクラムを回す、3年目は会社のなかでの管理、PPMなど、スクラム以外のものも含めて正当化していくことに取り組んでいます。もしも、アジャイル開発に興味を持った企業が手法を自社に導入したいと考えた場合、どのようにアプローチをしていくといいと思いますか?

平鍋氏:アジャイル開発を導入する上で鍵になるのは、プロジェクト規模は小さくていいので「やってみたい」という意欲を持ち、コードが書ける社員の存在です。また、経営側として注意すべき点は、急にアジャイルプロジェクトを増やさないこと。成功したチームの人材を細かくペアにしてチームを編成していくなど、社内の成功体験をうまくシェアしていく必要があります。

藤井:KDDIではいきなりハードなものに挑戦しましたが、漸進的にスクラムを広げていくことが重要ですね。私の一番の悩みだったのが、結果が売り上げに直結するようなプロジェクトでアジャイルを施行してしまうと、エンジニアやプロジェクトへの負担が大きくなり過ぎてしまうということでした。徐々に成功体験を積み上げていく必要があるので、いきなりメインストリームである製品開発に挑ませるというのは避けた方がいいかもしれませんね。

平鍋氏:成功体験を持たないチームは機能しづらいので、初めは易しい課題を与え、次に大きなチャレンジを試みるというのが理想だと思います。成功体験を持ったチームは強いですから。

アジャイル先駆者としてのNEXT

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藤井:アジャイル型をいち早く採用したKDDIとしては、今後そうしたスキルを社外との協働に活かしていくことも検討しています。ITベンダーではできない提案がKDDIならきっと可能だと思っています。発注側の意識変革に取り組み、アジャイルがうまく機能するような働きかけをしていきたいですね。

平鍋氏:これからは、作る側の視点を持った人間が顧客と一緒にビジネスを考えることが重要になっていくと思います。

藤井:KDDIとして、モバイルとネットワーク、そしてクラウドを活用し、主要ビジネスに貢献できるサービスを展開したいですね。

平鍋氏:エンジニアもビジネスを理解する必要があるし、逆に、ユーザにはテクノロジーをもっと理解してもらえるといいですね。具体的に顧客から発注を受けて作っている案件などはあるのですか?

藤井:あります。ただ、SE(システムエンジニア)全員がアジャイルに対応しているわけではないので、KDDIの顧客を他のアジャイル型のパートナーにつなげる橋渡し役ができればと考えています。数年後には、そのポートフォリオが増えているといいですね。

平鍋氏:KDDIがダイナミックなビジネスを描く際に、ビジネスを一緒に考えられる場を作っていくということですね。ビジネスとテクノロジーが一体となって開発する場、日本の枠組みの中でのプラットフォームをKDDIは構築できると思います。

藤井:一緒に実現したいですね。アジャイル開発によってお客さまに喜んで頂けるサービスの提供に、これからもご協力よろしくお願いします。本日はお忙しいところお時間頂きありがとうございました。


株式会社永和システムマネジメント 代表取締役社長 平鍋健児氏 プロフィール

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1989年 NKK入社、1995年、福井の永和システムマネジメントに転職、田舎での受託開発を続けながら、オブジェクト指向開発、アジャイル開発を推進し、UMLエディタastah*(旧JUDE)の着想を得る。2006年、astah*を世界マーケットに展開すべく、株式会社チェンジビジョン設立。現在、国内、国外で、アジャイル開発の啓蒙に努める一方、astah* を世界で最も愛されるソフトウェアに成長させることに力を尽くしている。 ソフトウェアの開発現場をより生産的に、協調的に、創造的に、そしてなにより、楽しく変えたいと考えている。 2008年には、Agile Alliance よりアジャイルプラクティスの普及活動への貢献を認められ、一年に世界で2名に与えられるGordon Pask Award 受賞。 著書『アジャイル開発とスクラム〜顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント』、『ソフトウェア開発に役立つマインドマップ』、共著『要求開発』、翻訳『XPエクストリームプログラミング導入編』、『リーン開発の本質』、『アジャイルプロジェクトマネジメント』、監訳『アート・オブ・アジャイルデベロップメント』など多数。

株式会社永和システムマネジメントは、1980年独立系コンピュータソフト会社として福井で創立以来、金融機関の勘定系・情報系システム及び医療システム開発をメイン事業として発展、その後、自動車車載ソフトウェアをはじめとする組込みソフトウェア、アジャイル開発などを得意とする。2002年には東京支社設立。福井から、全国・全世界へ向けてIT発信を行うユニークな先端技術集団を目指している。